劇場版「鋼の錬金術師 シャンバラを征く者」
2005.07.27 Wednesday | category:「鋼の錬金術師」
水曜定休の仕事のため、レディースデーに行かなきゃならない俺は、既に勇者と呼ばれるに相応しいと思います。
でも田舎だからでしょうか、少なかったですね。13時の回で、ミニシアター系のホール(確か前回「マラソン」見たホールだった)に半分ばかり。夏休みかつ主な動員層は中高生だろうに(実際予告編で流れたのもナルトやらガッシュベルやらなんだよな…)。前売りは売れてるそうだが、実際の動員は大丈夫なのか?最初からミニシアター選んでる辺り、映画館としても想定の範囲内なのかな。だとしたら流石プロだ。
全国限定30万枚のパスですっけ?それも貰えました。が、俺的には一番いらねえマスタングだった…。どーでもいいんだが、公式で彼の事をロイ呼ばわりするようになったのには違和感覚えまくりだ。
映画館でパスのトレードしてる人達がいたら、エドにでも替えて貰いたかった(いやぶっちゃけ、パス自体をあげても良かった)んですが、人が少なかったせいかそういう集まりもなかった。
では以下はネタバレのために隠しておきます。読みたい方は「続きを読む」へどうぞ。
尚、このカテゴリでは散々言ってるように、俺は原作信者・アニメアンチでありますので、その辺は了承の上読み進めて下さい。
でも田舎だからでしょうか、少なかったですね。13時の回で、ミニシアター系のホール(確か前回「マラソン」見たホールだった)に半分ばかり。夏休みかつ主な動員層は中高生だろうに(実際予告編で流れたのもナルトやらガッシュベルやらなんだよな…)。前売りは売れてるそうだが、実際の動員は大丈夫なのか?最初からミニシアター選んでる辺り、映画館としても想定の範囲内なのかな。だとしたら流石プロだ。
全国限定30万枚のパスですっけ?それも貰えました。が、俺的には一番いらねえマスタングだった…。どーでもいいんだが、公式で彼の事をロイ呼ばわりするようになったのには違和感覚えまくりだ。
映画館でパスのトレードしてる人達がいたら、エドにでも替えて貰いたかった(いやぶっちゃけ、パス自体をあげても良かった)んですが、人が少なかったせいかそういう集まりもなかった。
では以下はネタバレのために隠しておきます。読みたい方は「続きを読む」へどうぞ。
尚、このカテゴリでは散々言ってるように、俺は原作信者・アニメアンチでありますので、その辺は了承の上読み進めて下さい。
- 全体的に散漫な印象は否めない。TVシリーズで組んだ方が良かったような…。
- 錬金術世界からやってきたエドにとってこっちの現実世界は「夢の世界」に他ならない。しかしハイデリヒは彼に対して、自分達は夢の住民ではなくきちんと生きていると言った。…DQ6思い出すのは俺だけか。
- 結果的にロケット工学がふたつの世界を繋ぐために有力な手段になるんだけど、エドはそこまで判って学んでいた(学ぼうとしていた)んだろうか。
- ジプシー女は一体何のために出てきたのか全く判らない。差別表現のため?そんなもん、主題を描くに当たって必要なもんだったのか?彼女自身が「シャンバラ」に絡んでこなければ意味がない。特殊能力を持ち、思いっきり思わせぶりな登場をしておいて、しかも「死ぬ」とか言う見せ場もなく、空気として居座った。全くキャラを生かせていない。
- 強いて言うと、マジで「差別を描きたかった」以外の何物でもないのだろう。しかしそれはこの作品の主題には全く関係のないことだ。TVシリーズの1話として描くならまだしも、100分程度の映画内でやる事か?正直TVシリーズ時点で語った感想の「何このエセヒューマニズム」の脱力感を越えた。
- ハイデリヒには泣けた。つーか兄弟に一番迷惑をかけられた子だと思う。しかし彼自身は、満足して死んでいったのだろうなとも思う。自分が作ったロケットに人が乗り、そして飛んでいった…それを見守り、命を落とす。短いと判っている命を充分に使い果たした。
- 彼がロケット開発を続ける事は戦争を引き起こす事になるかもしれない。でも、じゃあ止めろと言うのか?そう言い切れるエドは勝手過ぎると思うし、だからハイデリヒは反発した。
- セントラルが壊滅状態になる訳だが、扉を開けたアルが「僕のせい!?」と慟哭する際に「お前のせいだよ」と突っ込みを入れた俺は冷酷なんだろうか。
- リオールに開いた扉、その際に魂の一部を鎧に定着させて現実世界に戻し、結果的に兄と再会できた弟。人体錬成の記憶が飛んでるせいか、錬金術における禁忌や罪の意識があまりないらしく、あっさり扉を開く事を選ぶ。全ては兄に会いたいから。そして、扉は開く。
- 扉が開いた(開きっ放しになった)理由が良く判らない。アル側はラースとグラトニーを使ってアル自身が錬成を行った。ではエド側は?エンヴィーとホーエンハイムが使われたのは判るが、エドは錬成を行っていない。んー?
- ラースが扉の向こうでイズミに再会出来たのにも泣けた。劇場版で補完してくれて一番嬉しかったシーンだ。…イズミはラースの元になる死産した子を扉の向こうに捨ててるんだから、あんまり手放しでは喜べないんだけどさ。でも、元鞘に納まったと思えば…。
- おばはんラスボスは一体何をしたかったんですか?TVシリーズのダンテと同じく、また馬鹿馬鹿しいオチになってしまった。彼女は扉を抜けた事で気が狂って破壊の権化になってしまったと言う簡単な話でよかったと思う。なのに何故そこでまた差別や排他主義を主張するかなあ。監督が作品のテーマをキャラクターに語らせ過ぎたと思うよ。
- それは廃墟と化したセントラルでの兄弟のやり取りにも見て取れる。「世界と個人は無関係ではいられない」と言うのがこの劇場版のテーマだろう。でも、それを台詞で語らせ過ぎるってどうよ…。
- ヒューズ似の警官が実は「愛国者」であると言う事実は、あの当時のドイツとしては普通の事であると思われるので、別にどうってことはないです。ナチス=悪の権化みたいに捉え、ヒューズにあんな役やらせるなんてと思う人達は、現代の感覚で話を捉えているのかなと。
- 実は一番成長したのはウィンリィなのではないかなと感じた。「もう待たせてくれないのね」と言う言葉は、彼女がはっきりと幼馴染達を吹っ切れた瞬間だと思ったので。もう待たなくていい、もう過去に縛られなくてもいい。そういうことだと思った。
- 大佐、もといマスタング伍長ですが、何でまた前半にあんな雪山ヤサグレシーンを挿入しなきゃならんかったのですか?憂いを帯びた表情に萌えろと言う事ですか?
- エドもヤサグレ、大佐もヤサグレ。しかしクライマックスではそれぞれに立ち直る。主要キャラも呪縛から解き放たれ、大円団へと向かおうとする。
- が、最後に何故アルがミュンヘンサイドに来ますか?
- しかもあんな笑顔全開で兄貴と再会しないで下さい。死体が詰まってた鎧に忍び込むなよ。数分前、瓦礫の下に埋まった子に対して慟哭していたお前は何処に行った。
- アルが何故兄の下に行く必要があったのか?「兄さんに会いたかった、一緒に居たかったから」と、理由はそれだけの様子だった。しかしセントラルでの兄弟のやり取りは「誰もが戦争を望んでいた訳じゃない、他のことを望んでいたのに、それがひとつになると戦争を引き起こしてしまう」と言う話だったはず。なら、それを教訓として「自分の気持ちを何処かで歯止めをかけよう」とか思わないのか?
- TVシリーズが兄弟離別でそれぞれに希望を持ったままの終了とすると、劇場版は兄弟再会で………うーんどうすんだ?目的はとりあえずウラニウム廃棄として、その後は?TVシリーズでもあったが「叶った夢は夢じゃない」…そう言う訳で、その後どうなるんだろう?兄弟の相互依存振りにちょっと寒気がする。特に、前述したように、ウィンリィはもう兄弟の呪縛から解き放たれているし、マスタングももう大丈夫だと思う訳で…彼らとの対比をしてみるとね。
- 声優初挑戦の人がメインに多い映画でしたが、ハイデリヒとラスボスおばはんは普通に聴けるレベルだったと思います。ジプシー女とその他の人は、あんまり目立ってなかったからわかんねーや。
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